くじらの日々
幼い頃、山の中腹にある田舎の村に、少しのあいだだけ両親と住んでいた。期間は二年ほど。その後、三歳になる年に、山を降りた先の町で(と言っても、それなりに田舎ではあった)暮らしている祖父母の家に両親とともに引っ越し、歩いてすぐの幼稚園に通うようになった。
幼稚園は、季節になると蛙の鳴き声が響き渡る田んぼの隣にあった。外壁には、ファンタジックな壁画が横並びに描かれていた。毎年、巣立っていく園児たちが、卒園記念に物語をモチーフにした絵を描いた。駐車場には、赤と白の幼稚園バスが停まっていた。僕は家から近く、歩いて登園していたこともあり、バスに乗ってくる子たちのことが、ちょっと違う世界の住人のようで格好よく映った。
幼稚園に入園してまもなく、僕は同じ組の男の子と仲良くなった。彼は、僕の人生にとって、物心ついてからの初めての友人だった。「お友だちはできた?」と母に尋ねられたとき、おぼつかない口調で、彼の名前を挙げた。近所に住んでいるその少年とは、小中も同じで、部活も一緒と、その後も付き合いが続いた。その幼稚園では、年少、年中、年長と、それぞれに花の名前がつけられ、僕はすみれ三組だった。幼稚園の頃の記憶は断片的で、年少のときのことは、すみれ三組だった、ということくらいしか覚えていない。
年中組のときのことも、どれだけ記憶の箱を探っても、ほとんど見つかるものはない。うっすらと残っている朧げな映像があるという程度だ。それは僕が教室内をふざけて走り回っているときのこと。僕は誰かに追いかけられていた。遊びでもあったが、本気でも逃げていた。走りながら、焦って何かにつまずき、床にうつ伏せで転んだ。倒れ込んだ僕の目の前には机や椅子があり、机や椅子の向こうには園児が一人、二人見えた。痛みもあったが、なにより急なことで驚き、少し泣いた。
年長組になってからのことは割とはっきりと覚えている。
年長のとき、僕はばら一組で、教室は幼稚園の一階の端にあり、隣の教室のばら二組と、外側の廊下だけでなく教室奥のトイレでも繋がっていた。教室のすぐ外に下駄箱があり、入って右手に鞄を入れる木製のロッカーがあった。鞄の形は、肩掛け鞄だったと思う。
幼稚園では、園児たちが、それぞれ自分たちの下駄箱やロッカーを覚えやすいように、様々な動物や、ロケット、バスといった機械などの印が与えられていた。僕に与えられたのは、“くじら”だった。
紫色の丸みを帯びたくじらのイラストが僕の印で、幼稚園に行くたびに、くじらのシールの貼ってある下駄箱を探し、くじらのシールの貼ってあるロッカーに鞄を入れた。いつもくじらを探していた。くじらが見つかると安心したし、自分はくじらでもある、という感覚さえあった。幼さゆえに、自分とくじらの境界線が曖昧だったのかもしれない。ただ、実際のくじらは見たことがなく、くじらのあの絵と自分が繋がっているような感覚に近かった。
ちなみに、先ほどの友人は象だった。僕はなんの違和感もなく彼のことを「象っぽい」と思っていたし、クラスメイトにロケットだった子もいたが、その子のことも、ロケットのようにひょろっと背が高く、彼とロケットの繋がりを自然と受け入れていた。
